遠い世界　３

歪んだ世界

学園の正門を潜るまでの間、ルルーシュは一言も言葉を発しなかった。
ルルーシュがなにを考えているのか、スザクには理解できない。
ジェレミアに自分の名前を教えたことを、ルルーシュは悔いているのだろうか。
いや、そんなことはないだろう。
いつも前向き思考のルルーシュが、「後悔」などという後ろ向きなことをするはずがないのは、親友のスザクが一番良く知っている。
それは自分の言動や行動に対する、絶対の自信の表れでもあった。

「ルルーシュ？」

堪り兼ねたスザクは先を歩くルルーシュに声をかけた。
その声に、ルルーシュは足を止めて、「なにか変じゃないか・・・」と呟くように言った。

「なにが？」
「・・・ジェレミアのあの態度だ」
「は？」
「俺が名前を教えてやったのに、全然動揺しなかった・・・」
「え？・・・それじゃぁルルーシュは、ジェレミア卿と・・・面識があったの？」
「面識というか・・・あいつは母上の警護を務めていたことがあったんだ。俺の子供の頃の顔も、名前も知っている・・・はずだ」

スザクは驚いた。
顔も名前も知っているジェレミアに、敢えて名前を名乗ったということは、自分の正体を明かすつもりだったのだろうか。
ルルーシュがどうしてそんな危険な行為をしたのかが、スザクにはわからなかった。
しかし、結果的にはジェレミアはルルーシュが皇子だとは気づいていない。
「ルルーシュ・ランペルージ」と名乗った時、ジェレミアは少し驚いた様子を見せたが、ただそれだけだった。
だから、気づいていないのだろう。

「それじゃぁジェレミア卿が、会ったような気がしたって言ったのは、本当のことだったんだ・・・？」
「・・・それはどうだろうな」
「え？だって・・・」
「俺の顔を知っていると言っても、子供の頃の話しだし、それに、皇子の俺とまともに口を利ける身分じゃなかったから、会ったというのとは違うだろう？俺のこの姿を見て誰かを思い出したのだとしたらそれは多分・・・それは、俺の母上だ」
「ルルーシュの、お母さん？」
「そうだ。俺は母親似だからな」
「それじゃぁ・・・」
「多分途中からそれに気づいていたんだと思う。だから、条件反射的に頭を下げたんだ」

それをわかっていて、ルルーシュはわざと記憶にある母親に似せた笑顔を、ジェレミアに向けて見せたのだ。
それにジェレミアは見事に反応を示した。
「ああ、なるほど」とスザクはジェレミアの奇妙な行動にようやく納得した。
そこまで話を聞いて、スザクはさっきルルーシュの言った「変」と言う言葉の意味を理解する。
ルルーシュの母親であるマリアンヌ后妃にそっくりな少女が、その息子と同じ名前を名乗ったというのに、ジェレミアはその二人を同一人物だとは関連付けしなかったのだ。
確かにそれはおかしなことだ。

「本国には、もう一人の俺がいると言うことか・・・？」
「・・・それって、日本で言う影武者ってこと？」
「はっきりとはわからないが、多分そんなもんだろう」

失踪した皇子の母親に瓜二つな少女が、その皇子と同じ名前を名乗れば、普通常識的に考えて「ひょっとしたら」と疑念を抱くのが普通だろう。
しかし失踪が表沙汰にされずに、ルルーシュが今も本国にいるということになっていれば、ジェレミアが疑わなかったのも得心がいく。
他人の空似で、たまたま名前も一緒だっただけだと、ジェレミアは思ったのだろうか。

「それじゃぁルルーシュ。キミはなにもこそこそと逃げ隠れすることはないんじゃないのか？」

皇子が失踪していることが知られていないのなら、ルルーシュが疑われることはない。

「皇子の身分なんか捨てて、このままこの国でルルーシュ・ランペルージとして・・・」
「それは無理だ」
「・・・え？なぜ？」
「失踪が表沙汰になっていないのに、なぜ俺が命を狙われるのかを考えてみろ。もし、本国に俺のダミーがいるのだとしたら・・・」
「ま、まさか。・・・本物と偽者をすり替える気じゃぁ・・・」

はっきりとはわからないが、その可能性は極めて高い。

「俺が生きていては困る奴がいることは確かだ。しかも、身内に、な」

ルルーシュの言葉にスザクはぞっとした。
身内に命を狙われるなど、スザクには考えも及ばなかったからだ。

「皇位継承に関係のある誰かだろうがな。・・・いずれにしても、しばらくこのままでいた方がよさそうだ」
「・・・ルルーシュ・・・」

血縁者に命を狙われている不幸な親友に、スザクはどんな言葉をかけていいのか、わからずにいる。
ルルーシュはそんなスザクを安心させるような笑みを浮かべて、「今日はありがとうな」と、スザクの手にしていた荷物を受け取って、女子寮のある方へと歩き出した。

「ま、待って！」
「なんだ？」
「キミは、これからどうするつもりなんだ？」
「・・・とりあえず、着替えて、飯食って、ゆっくりしたい・・・かな？」
「そ、そうじゃなくって・・・その・・・」
「それはお前が心配することじゃない。・・・あんまり帰りが遅くなると叱られるぞ」
「で、でも・・・」
「俺は大丈夫！」

そう言ったルルーシュの、その自信はどこからくるものなのか。
遠ざかって、夕闇の中に消えていく親友の後姿を、スザクはそこに突っ立ったままいつまでも見送った。